1、山嵐

元々技術畑で何十年も働いてきた。高専を出て20から働き始めたから、もう20年は同じ仕事をしている。

独立を決意したのはコロナの影響が大きい。会社に所属していても仕事が止められて、でも俺の技術ならできることはいくらでもあった。いくらでもあったから、会議だとか、今日は会社に来いとか、所属先の命令一つで自分の人生が動かされるのがバカらしくなったんだ。おまけに上司はその上の上司の太鼓持ちで、点数稼ぎがあからさま。坊ちゃんの赤シャツみたいなのばっかり。みんなに笑われてるってのに、目的のためなら恥なんてかまわないんだよなあ。そういう目的意識は心底尊敬するけどね。

まあとにかく、俺は会社に所属しているのがコロナで馬鹿らしくなった。

どうせ一度きりの人生なら赤シャツで終わるより山嵐になりたい。

新しいことをはじめるし、個人事業主になるし、逆に今までやらなかったこととか我慢していたこととか、昔やってみたいと思うことをやってみようと思った。ギター弾きたいなあとか、歌歌いなあとか、アプリ開発やってみたいなあとか、書き出したら出るわ出るわ。

なんで俺は20年間、こういう気持ちに蓋をしていたんだろうって不思議に感じた。会社を辞めるちょっと前まで彼女がいたんだ。いつもは聞き役の俺がわりと珍しく「俺こんなにやりたいことあったんだよ」って書き出したメモを見せてみたんだ。

そしたら「え?何これっw厨二病?w」って。本気で笑ってた。話はそこで終了、次の話題は?

「でさあ、来週のデートなんだけどさ、実家に挨拶に来れたりする?」。

俺、その時ちょっと嬉しかったんだ。ああ、人生の第二章はじめていいんだ、はじまるんだって。コロナで世界が暗い気分の時俺だけはすごく明るかった。あの瞬間から。

彼女とはその場で別れた。意味がわかんないって顔をしてたから「飽きたんだ、ごめんね」って言っておいた。話通じねえんだもん、話したってしょうがないって思ったんだ。

その次の日に辞表書いて、ちょうど人員整理を考えていたみたいだからタイミングもばっちり、退職金もバッチリ。

すべてのタイミングが良かったんだと思う。

事務所兼自宅が欲しくて引越しもした。海辺の小さい街。漁村こそないものの、じいちゃんやばあちゃんが多い穏やかな街。

都会の一等地でずっと気を張って暮らしていた俺にとって毎日釣りをしていいような生活は人生の第二章にしては恵まれすぎていた。でもあれから約1年、仕事も順調だし健康そのものだったし、いい感じに人生が回っている。

思い立ったが吉日って本当だと思う。

LAY-RAY"DRAGON"

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